むやミ日記

Muyami Net Watching Diary

変態と変身と逆立ちをかんがえる《モロさかだち~変態》=栗の木ばやしでつかまって=(連載中篇その6)

第99記事めになりました。むやミは地べた下で「・・(無言)・・」状態で、やすんでいます。

f:id:muyamisaki:20180716205046j:plain

げんざいは、↑↑↑こういう状態になりました。

そこできゅうきょ今回は、大家みね子が99記事めの担当となります。


変態とヘンタイ、変身とヘンシンについて

いっぱんに、昆虫や魚類や両生類などが、生まれてから順々に、じぶんの姿を(態を)変えながら、成長していく過程のぜんたいを「変態」とよぶことになっている。また、そのいっぱんの外のはんちゅうに属するケース(とくしゅ、と、ここでは呼ばないようにしておく)も、常態としてあり、つまり、人間もまた、ふつうに変態することもあって、そういう場合はかつて、必ず「変態」のうしろに「性欲」をくっつけ、非人間的変態と、人間的変態との差異を明示していたハズだった、どうやらあたしたちは「変態」のうしろに「性欲」をくっつけるのがハズカシくなったか、面倒になったのか、もっぱら「変態」は「ヘンタイ」にへんたいし、ニンゲンのヘンタイのことばっかりをもんだいにするようになってしまったのだ、しかしカフカの小説にある「人間が朝起きると毒虫になる場合」は、変身であってヘンタイではない、どうように、テレビ受像機のなかでニンゲンが、正義の昆虫になろうとするときその呪文はやはり「ヘンシン」で、ヘンターイとはいわぬのだ、昆虫になるのにだよ?

 

f:id:muyamisaki:20180716205306j:plain

逆立つ、さかだちについて


悪霊(下) ドストエフスキー/池田健太郎訳

 

(略)どっとっばかり嬌笑の声があがった。両手に棍棒を持って踊っていた《勇ましい、ペテルブルグあたりとはちがう出版物》の発行人が、とうとう《潔白なロシア思想》の眼鏡ごしの視線に堪えきれなくなって、身を履くすべもわからずに、とつぜん最後の奥の手とばかり、逆立ちをして眼鏡のほうへ歩きはじめたのである。ついでながら、これは《勇ましい、ペテルブルグあたりとはちがう》出版物のなかでつねに見られる、常識の逆立ち的歪曲を意味するにちがいなかった。ところで、逆立ちして歩けるのはリヤームシンしかいなかったから、棍棒を持った発行人は彼の扮装だったわけである。ユリヤ夫人は、まさか逆立ちで歩こうなどとは夢にも思わなかった。「わたくしには隠していましたの、隠していましたのよ」とのちに彼女は、絶望と憤慨におちいりながら何度も私にくり返した。群衆が哄笑したのは、むろんその風刺がおかしいからではなくて(そんな風刺などだれにも関係がなかったのだ)、ただひらひらさせながら逆立ちで歩くその姿がおかしかったのである。レムブケーはかっとなって、ぶるぶるふるえだした。
「ならず物め!」と彼はリャームシンを指さして叫んだ。「あの破廉恥な男を引っ捕らえて、逆さまにするのだ……足をつかんで、いや、頭をつかんで……頭が上になるように……頭が上に!」
 リャームシンはひよいと起きなおった。笑い声がいっそう高まった。
「いま笑っている破廉恥なやつらをみんな追い出せ!」とつぜんレムブケーが指示した。群衆はがやがやとわめきはじめた。
「それはなりませんよ、知事閣下」
「公衆を罵倒するとは」
「てめえ自身が馬鹿じゃねえか!」どこか隅のほうから声があがった。(以下略)

 

 さかだちは、外側から見ると、かなりコワイです。さかだちしながらその内側で、外のこちら側をながめているあの子は、あした、100記事目を、、、「あたまが上に」、するのでしょうか?

 

【つづきます】