むやミ日記

Muyami Net Watching Diary

とんだふれん鳥とんだ

 「視覚も言語も嘘をつく」

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この画像と文字も「うそ」をつく

  • 問(1)「ふれん鳥とんだ」の文字の背景になった被写体=「水たまり田んぼ」は実在します。「うそ」ではありません。でも、それを証明するための、例えば「googleマップ」地図画像(緯度経度表示付)、あるいは「GPS位置サービスデータ」詳細などが、上の写真に表示されていないから、どこのどの田んぼだか不明ですね。よって、このままでは「うそ」同然ですねと指弾されるかもしれませんが、よいですか?
  •  問(2)「ふれん鳥とんだ」文字の指し示すないようは、どうでしょう? 緑色帽子+「の」ノ字目玉で、エンピツ抱え・あるいは背負ってこっちを見ているキャラクタの固有の名まえを「ふれん鳥」としたばあい(前回記事参照)、以下の、GIFアニメーションで表示される事態は「真実」か? あるいは「うそ」?

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  • 答(1)そうっすね。そう指弾されてしかたないです。ただ、この「水たまり田んぼ」は、けっこう昔っからあった低湿地帯の一部らしくって、いまでもまだいろんな鳥々が飛来するのは、百五十年以上前からその鳥々に、代々キオクがつながって残ってるんじゃない? ってかんじもするんですね。

 

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  • 答(2)「ふれん鳥」というキャラが「とんだ」ように、は、ちょっとだけ見えている? あ、ませんか? 「不十分」の要素はたくさんあるとおもいます、ので「とんだふれん鳥とんだ」と直してもよいですよ。

 

 (ちょっと長い引用)

三浦 学術的というのは、自然科学と矛盾しないということです。矛盾するようだったら考え直し、書き直さなければならない。今回、約五億年前に起こったカンブリア紀の視覚の発生と約五万年前に起こったと言われている言語の発生とは何か根本的なところで似通ったところがあるのではないかという感想を記しているわけですが、それは科学的に間違っていると指摘されれば撤回しなければならない。ただ、両者に共通している、視覚も言語も嘘をつくということ、視覚と言語はともに疑うことを必須のこととしているというのはあまりにも似通っていて、そのことは非常に思考を刺激するというのは事実だと思います。(中略)それで、視覚と言語がいずれも騙しの技術を発達させ、疑う能力を育んできたという事実への驚きや感動を記すことは学芸的なことに属し、なぜそうなのかの細部を探求してゆくことは学術的なことに属すのではないかと思うのです。たとえば視覚の発生は、カメラやテレビ、人工衛星、ドローンにまで発展せざるをえない必然性を初めから内包していたようにさえ思える。学術的な探求は必ず一般化して広がっていくんです。

 (引用元)柴田元幸氏の導入で『孤独の発明』(三浦雅士・2018年6月刊)に関する、その要約的な紹介があり、そのあとすぐ、三浦雅士氏の最初の応答ぶぶん。(下線=引用者)「群像 2018年9月号」/世界を俯瞰する目と翻訳的存在/三浦雅士✕柴田元幸「■言語現象の起源」p54 より

 

まとめ

「とんだふれん鳥」の「顔」が、「約五億年前」に発生したらしい鳥の祖先の恐竜? のクチバシ みたいな口に、いっしゅん にしゅん だけ変化します。

「うそ」っぽくて❤(ӦvӦ。)?

 

【つづきます】