むやミ日記

Muyami Net Watching Diary

郊外枯野の時ネジを逆にまくの巻(9)

不恋鳥、郊外枯野周辺の堤防潰壊、水害、洪水を調べる

 

明治初中期の地図にある遊水地(現・水たまり田んぼ)で「いつもニコニコ❤」キャラから引退・基礎練中の不恋鳥の図{gifts}

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堤防潰壊、水害、洪水

「やつくち」様は、大正五年(1916年)〔いまから約100年前〕堤防改修の為、現在地へ引っ越した。
 というのも、その3年前の大正二年(1913)〔いまから約105年前〕に、


大正二年には■■川右岸の堤防が潰壊し赤■川左岸の地域一帯は白海(シラウミ)と化し、云々

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 やつくち様は、■■川右岸自然堤防上に(引っ越し前は)あった。「潰壊」した右岸が、「ヤツクチ」=「谷津の口」とかさなっているのかどうかは不明。

 その三年後になってようやく、大正二年堤防改修→引っ越しとなるのだったが、詳しい被害の記録は見当たらない。だが、現在、地べた「困っ犬」*1となっている石像の破損状態などから、相当のダメージを被ったであろうことはじゅうぶん想像できる。


 さらに、その3年前、明治四十三年(1910)〔約108年前〕関東大水害が起こった。

 

 またさらに、その168年前、寛保二年(1742)〔約300年前〕江戸大洪水が起こっているが、これまた詳しい被害の記録は見当たらない。

 ただ、
 ここ、■■川右岸の堤防にのぼって下流側にしばらく行くと、きのう「郊外枯野の時ネジを逆にまくの巻(8)」でふれた、

「300年前」に獅子頭が流れてきた?

という伝承のある、市指定無形文化財「(子供)獅子舞」が、現在も継承されている地区に行きあたる。

 

その「約300年前」とは、

上でみた、寛保二年江戸大洪水が起こったときと考えて、で、いま、その上流側にあたる、ここの、「やつくち」様の境内で、あたしは、


午後の1時半からとりおこなわれることになっている「(子供)獅子舞」が、はじまるのを、いまかいまかと待っている。


「えー、こちらは、自治会の班長です。」

と、チャリンコに乗っかった小学生低学年男子が言った。そして、

 

「いま、このへんは、ススメバチがでてキケンです、注意してくださーい」

 小学生三人組のチャリンコ部隊の別のひとりが言った。

 

「あは、はい、わかりました。おやくめ、ごくろうさまです」おじぎした。三人組は、

「くくくく、うふふふふ、いひひひひ」笑っている。

 

「ええとあと、あのー、自治会の班長さんに教えてもらいたいことがあるのですが、質問していいですか?」

「え、しつもんですか、え、」

 チャリンコ部隊のニ人と何か相談している、一人がうんうん、いいんじゃない? とか言っている。

「いいですよっ」と班長さんは言った。
「えと、ここの神社で、たしか今日、1時半から、子供たちの獅子舞があるときいて、待っていたんですが、ぜんぜんだーれもこないので、あのー、中止になったんでしょうか?」


 三人、また相談している、一人が班長さんの耳に手をあてて、口近づけて何かヒソヒソ言っている。(うんうんしながら)班長さん

「あー、それは来週ですっ」と言った。

「えー、あー、来週だったんですか、そーでしたか、どーりで…。はーい、よくわかりました」またおじぎした。三人組は、

 

「うくくくく、うふふふふ、いひひひひ」笑っている。

「それでは、また来週きます。ありがとございましたっ」

「おつかれさまでしたっ」三人組は、きりっとして言った。

「自治会のみなさんも、おつかれさまでしたっ」

「おつかれさまでしたっ」

「うくくくくうふふふふいひひひひ」の笑い声をききながら、小学生が「おつかれさま」なんて、どこで覚えてきたんだ? と、ぶつぶついいながら戻ってきた。


市のWEB版の行事案内を見直した

まちがいないよね? きょうのハズだったよね? スマホを覗く?
と? や、ほんとだった。「来週」になっていた。

その日は、台地の上にあるド派手な観光地的大祭(2日続き)の日だったから、まさか、いっしょの日はないだろう? と思ってた。
なんと、真逆だったのだった。

 

【つづきます】