むやミ日記

Muyami Net Watching Diary

出戻り梅雨前線+2台風と「赤■川物語」+「谷■口さまの祠」の関係について

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左側が一週間ほど前のツユ晴間の茶色川で、右が出戻り梅雨、各地で豪雨のきょうの赤色川です。

 

だいぶ赤色濃度が増しています。

 

この「茶・赤色川」は、画面奥が上流で手前が下流。一週間前は、ほとんど滞留。きょうは、いくらかゆっくりと流れているようでした。

 

画面左側に小水門があります。それを開けると、きのう見てきたヒビ割れ田んぼに、この赤茶色の滞留水が流れていくことになりますが、現在、水門は閉じられているようです。

 

この「茶・赤色川」を上流に5分ほど普通に歩いていくと、前回の東京オリンピックが開かれた、その前の前の年くらいに、むかし灌漑用溜池だったと思われる池が、釣り堀用に改修される工事の際に発見された「古墳時代前・中期遺跡(跡)」=現・建売住宅街のすぐそばに行き着きます。

 

遺跡は文字通り、現・建売住宅街の地面の2メートルほど下に、イセキとなって消滅し、

 

「ここが○○遺跡のあった場所です。△△町教育委員会」というようなよくある看板も、まことに、残念なことではありますが、いまのところまだ設置されては、ございません(お役人さま敬語)。

 

いっぽう、気になるさっきの「茶・赤色川」の赤濃度が濃いくなっていることに関してですが、昭和18年生まれの「十八年さん」のお話によれば、

 

「赤■川物語」という薄い冊子が△△町図書館に、あったんだ、そこにおもしろいことが書かれていて、書いた人はその、赤■川がぐにゃーん蛇行したとこに水車小屋を作って営業してた米屋さんらしくって、「そこで働いてた若い衆が、土地の娘さんに、評判がよかったんだー」とか、「大雨が降ると水車小屋の上流側の台地を巻いて流れてる、いつも同じところが水浸しになった」とか、自筆の地図まで書いて説明があってそれがあんた、必ず、真っ赤な水なんだ・・ってなことが書いてあったの・・それさ、このまえ探しに図書館いってきたけど、もうなかった・・・

 (十八年さん談)

 

赤色川の赤濃度が濃くなってきたのは、もしかすると、「赤■川物語」と関係があるの、かもしれません?

 

その赤■川の支流のいっぽんと、「茶・赤色川」が合流する地点が、さっきのイセキから10~15分くらいのところで、さらにそこから10分くらい川に沿ってあるいて行くと、一級河川(=さっきの消滅イセキの上に2メートル超の河川氾濫土層をつくった大昔の川=)に行きつきます。


そこも、大昔の川が大昔からずーっと時間をかけて形成してきた自然堤防なのでしたが、その一部を、昔の人が灌漑用水用にとせっせと掘削して、いまの「茶・赤色川」の取水口としたポイントで、、

 

そのポイントに、昔から、土地のひとたちが「谷■口さま」と、呼んでいたという古い祠(ほこら)が、自然の古堤防上に、あったらしい、そんで、その祠もまた、

「こんな古堤防のままじゃー、しょっちゅうハンランしてアブナイけー」とかいうことで、大正年間になって「近代的新堤防工事」が、

平成なってからは、ほら「スーパー・高機能堤防工事」とか、いっときちょびっとサワガレたやつあったろ? それ施工されてさ、、

古祠は、消滅、、引っ越し、、取り壊し、、再建、、

(十八年さん談)

 

「十八年さん」のお話は、↓下の、2018年5月14日から、、

 

 


↑ここまで、ずーーとつづいていて、

 

このさき、まだまだ、つづきそうなのでした、、

 

【つづきます】