むやミ日記

Muyami Net Watching Diary

郊外枯野・こまっ犬をめぐる冒けん中

今日はボクの誕生日だからほんの少しだけお祭り気分なり

 

ボク、きょうで二百六十さいくらいになる「こまっ犬」。この左の◯のなかの顔は、まだ和服にコスプレするまえの、標準服きてたころのアイコン。きょう、このあとずっとボクのひとりごとがつづくから、以下、ふきだしなしでいく。

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上のタイトル右下の石像がボクのもとの姿

左の腕に、じゃなくて、左前足に、ボクの誕生日らしい「宝暦七年九月吉日」*1のタトゥーではないョ、石刻文字がある。

あと右腕、ぃゃ、右前足は、、足首から先が、欠損。

さらに、おデコと顔面ど真ん中が、ヘンに陥没。

負傷のもよう。いつごろの? 時期不明。

しばらくの、といってもそうとう長いあいだ、そのまんま放置されてたもよう。で、、

 

またいくらか時が経ち、昭和という時代に入った十二年目に、ボクより大きくて真新しいコマイッヌが、立派な石台に載っかっていた。

それで、ボクはどうしたか?って?

 

それからずっと、こんな具合に地面に直に座りつづけ。

 

ボク=石像が生まれたのは、江戸という時代の宝暦七年、いまから二百六十年ほど前になる。
宝暦も、その前の寛延も、さらにその前の享保も、ろくでもない時代だったようだった。たとえば、宝暦と天保の改元などは、

公式には上皇大御所の逝去を理由にしているものの、実際には凶作や地震を理由とした災異改元の要素があった。実際、天保改元の際には宝暦改元を前例として災異改元を行っている

宝暦 - Wikipedia

などのヒソヒソ話が巷に溢れていたらしい。で?

 

その頃の、ヒトの子が誕生するのは子の親になるヒトの年齢が「二十五、六才」として勘定すると、ちょうど十度の世代の交代=更新が十回、繰り返されて今に至ったことになる。つまり、

 

二百六十年間、無数(数え切れぬ)のヒトが生まれ、死んできた。

 

その二百六十年前に、このボク=石像を作ったヒト=石工の親方も、とっくの遠に死んでるが、一所懸命、石ノミ・金ヅチ振るってトンカントンカン石工ダマシイこめて、ボク=石像を作ったのは、確実だ。

 

その証拠に、いま、生きているのか死んでるのかよくわからない=ボク=石像が、こんな具合に字をならべ、なんだか訳わからないこと喋りつづけているのも、また同時に、確実なことであるわけで、ということは、もしかすると、

 

ボクのおどっつあん=石工の親方だったヒトの、トンカントンカン・ダマシイは、二百六十年も経ってるのに、未だ、死なず、生き残っており、このボク=石像をして、こんなふうに喋らかす、コトバ=ダマシイのようなのを、与えてくれているからに相違ない。

 

ということで。さて、それで、、

 

これから、石工親方=おどっつあんのトンカン・ダマシイの健在と、ボク=石像生誕二百六十年を祝し、郊外枯野に出かけていって、少しだけ、お祭り気分に、ひたってくる。

 

郊外枯野(低地)とお祭り(台地)の高低差

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ゆるい坂道の半分くらいのところに立っている。

ボクの身長が1メートルくらいだとして、低地と台地の高低差は、約2メートル。さらにこの先だんだら紅白お祭り飾りにそっていくと同じ程度の坂があり、台地の頂上には元お城のあったところにたっする。

 

こちらは住んでいるひとがいる。でなければ、

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元お城のあった城下まちのうら通り。古い木造二階棟続き長屋。

えんぴつが指しているほうの二階の雨戸方面は、もしかすると、もうひとは住んでいないのかも。いっぽう、ボクの左手上の窓に、曇りガラスと、その下に、杉板補修のあとが見えている。こちらは住んでいるひとがいる。でなければ、お祭り飾りが、かかっているわけはない。

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郊外枯野とはちがう台地の上の「郊内」空き地の小枯野。

右側裏通りの先に古アーケード看板あり。そのひとつ、

「ロートレック」というなまえのお店だったところが、

↓↓↓

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明り取りの格子付き窓がすばらしい。

なぜか入口ドアが開いたままだった。

 

きょうは、よく飛行機が飛ぶんですよねー

写真をとっている、うしろのほうで、空き地の草とりをしている小父さんと、さっきからずーっと話をしていたおば(ぁ)さんが、

「ごくろーさん」と言い、小父さんは、草取り済みの空き地にとめていた軽ワゴン車にのって去っていくところ。

ワゴン車見送っているおば(ぁ)さんのヨコを通って、もう一ヶ所写真を撮って帰ろうか、と歩いていくと、

 

おば(ぁ)さん、空を見上げながら、

「きょうは、よく飛行機が飛ぶんですよねー」と言っている。

ボクも、空を見ながら、(どこみても飛行機見えない、し、音もきこえない)けど、

「あー、自衛隊のですかねー」と言ってみた。

「いつもは、火曜日に飛行機がよく飛んでくるですよー」とおば(ぁ)さんは言った。

(きょうは木曜日だった)

「たしか、11月にはいって最初の土日だったかに、自衛隊の航空祭っていうのがあるらしいですねー」

「あぁー、それで、じゅんびでなにか運んでいるのかねー」

「えぇ、そうかもですねーー」

 

で、この日ラストの写真を撮りにいく。

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ボクの石工のおどっさんが、右奥の暗がりあたりから、

のそり、

と出てくるような、

気がしてきた。

 

【つづきます】

 

 

*1:当時の和暦をグレゴリオ暦に換算すると1757年10月13日~になる